しゅ》は後で台所口へ来て、そのことを話した。
 笹村は黙って苦笑していた。
 友達の知合いの家から、じきに婆さんが一人世話をしに来てくれた。
 友達の伯母《おば》さんが、その女をつれて来たとき、笹村は四畳半でぽかんとしていた。外はもう夏の気勢《けはい》で、手拭を肩にぶら下げて近所の湯屋から帰って来る、顔の赤いいなせ[#「いなせ」に傍点]な頭《かしら》などが突っかけ下駄《げた》で通って行くのが、窓の格子にかけた青簾越《あおすだれご》しに見えた。
 婆さんを紹介されると、笹村は、「どうぞよろしく。」と叮寧《ていねい》に会釈をした。
 武骨らしいその婆さんは、あまり東京慣れた風もなかったが、すぐに荒れていた台所へ出て、そこらをきちんと取り片づけた。そして友達の伯母さんと一緒に、糠味噌《ぬかみそ》などを拵えてくれた。
 晩飯には、青豆などの煮たのが、丼に盛られて餉台《ちゃぶだい》のうえに置かれ、几帳面《きちょうめん》に掃除されたランプの灯《ひ》も、不断より明るいように思われた。
 ここに寝泊りをしていた友達と、笹村はぼつぼつ話をしながら、箸《はし》を取っていた。始終胃を気にしていた彼は燻《くす》んだような顔をしながら、食べるとあとから腹工合を気遣《きづか》っていた。
 すぐに婆さんに被《き》せる夜の物などが心配になって来た。友達は着ていた蒲団を押入れから引き出して、
「これを着てお寝《やす》みなさい。」と二畳の方へ顔を出した。
 婆さんは落着きのない風で、鉄板落《ブリキおと》しの汚い長火鉢の傍に坐って、いつまでも茶を呑《の》んでいた。
「いいえ私は一枚でたくさんでござんす、もう暑ござんすで……。」

     三

 笹村の甥《おい》が一人、田舎《いなか》から出て来たころには家が狭いので、一緒にいた深山《みやま》という友人は同じ長屋の別の家に住むことになった。いかなる場合にも離れることの出来なかった深山には、笹村の旅行中別に新しい友人などが出来ていた。生活上の心配をしてくれるある先輩とも往来《ゆきき》していた。帰京してからの笹村は深山と一緒に住まっていても、どこか相手の心に奥底が出来たように思った。かなりな収入もあって、暮に旅へ立つとき深山の生活状態はひどく切迫しているようであったが、笹村の心は、かつて漂浪生活を送ったことのある大阪の土地や、そこで久しぶりで逢《あ》える兄の
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