される山内の家柄や父親のことから推すと、外に現われた山内とまた違った山内が笹村の頭に映って来た。
 山内は、お銀がつぐ酒を、黒羽二重の紋附や、ごりごりした袴《はかま》に零《こぼ》しながら、爛《ただ》れたような目をして、やっと坐っていた。杯を持つ手が始終|顫《ふる》えていた。
「画家《えかき》というものは、面白い扮装《なり》をしているもんですね。」と、お銀は山内のよろよろと帰って行った後で言い出した。
「私たちの従姉のお房さんの片づいている、あの人の従兄の神崎も、やはり大酒飲みだそうですよ。」
「あの方のお父さんが、やはりおそろしい酒家《のみて》でね。」母親も杯盤の乱れている座敷へ入って来て話し出した。
「何しろ大きい身上《しんしょう》を飲み潰《つぶ》したくらいの人だもんだでね。大気《だいき》な人で、盛りに遊んでいる時分|温泉場《ゆば》から町へ来るあいだ札《さつ》を撒《ま》いて歩いたという話を聞いているがね。」
 笹村夫婦が訪ねて行ったとき、その父親も子息《むすこ》と並んで坐って、始終落ち着かぬような調子で、酒を飲んでいた。口の利き方も、女たちが腹を抱えるような突飛なことが多かった。そして笹村に猪口《ちょく》を差して、
「私は笹村さん、こんな人間ですよ。」といって、愉快そうに笑った。
 山内はにやにや笑っていた。
「ああ厭だ厭だ、父子《おやこ》であんなにお酒ばかり飲んで……家の父のことを思い出す。」
 お銀は正一の手を引きながら外へ出ると言い出した。
「でも皆ないい人たちですね。東京《こちら》に親戚がないから、人なつかしげで……。」
 人のところの世帯ぶりに、すぐ目をつけるお銀は、家へ帰ってからも山内の暮し方を、見透《みすか》して来たように話した。
 花の散る時分に、お銀は帰省する笹村の支度を調えるのに忙しかった。四、五年前に帰省した時、笹村はまだ何もしていなかった。身装《みなり》も見すぼらしかった。自分の腹に出来た子の初めての帰省を迎えたその時の母親の不快げな顔が、今でも笹村の頭に深く刻まれていた。
「母のために、少しは着飾って行かなくちゃ……。」
 笹村はお銀にも、そんな話をして聞かした。
 こまこました土産物などを買い集めるに腐心しているお銀の頭にも、笹村の郷里へ対する不安が始終附き纏《まと》っていた。
「新ちゃんが、ああいう風で帰ってったから、どうせ私なども阿
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