苦い羊羹《ようかん》などを切って、二人は茶を飲みながら、ぼそぼそ話していたが、すぐにそこらを片着けて二階へ上って行った。
「あんなものに手を出すなんて、あの爺さんもよっぽど焼きがまわっているんですよ。」
召使いの少女が妊娠したという、根岸の隠居の噂が、生欠《なまあくび》まじりに浅井の口から話された時、お増はそう言って眉を顰めた。夜更けて馴染みの女から俥に送られて帰って来た良人《おっと》と、しばらくぶりでそうして話しているお増の心には、以前自分のところへ通って来る浅井を待ち受けた時などの、焦燥《いらいら》しさがあった。
東京近在から来ている根岸の召使いを、お増も一、二度見かけたことがあった。女の身元保証人になっている、女の伯父《おじ》だという男から持ち込まれた難題に、お爺さんも妾のお芳も蒼くなっていた。それを浅井が間《なか》へ入って、綺麗に話をつけてやったのであった。女には、別に男のあるらしいことが、じきに浅井の目に感づかれた。浅井は商業に失敗して、深川の方に逼塞《ひっそく》しているその伯父と一度会見すると、こっちから逆捻《さかね》じを喰わして、少しの金で、事件の片がぴたりついてしま
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