なかったが、お今を排斥することは、お増にも心寂しかった。後から後からと、機嫌を取って行く、お今の罪のない様子が、可愛くも思われた。
「そんな深い考えも持ってやしないよ。」
 お増が少し悔いたような時に、浅井の言い出す言葉が、男だけに大様《おおよう》だとも感心されるのであった。
 玄関へあがって来た浅井は、どこか落着きがなかった。酒の気のある顔の疲れが、お増の一瞥《ひとめ》にも解った。
「ちと早いじゃないか。」
 浅井は火の気のまだ残っている火鉢の前に坐ると、言い出した。このごろちょいちょい逢っている女の家で、今日もそれらの人たちに取り捲かれて花などを引いて夜を更かしたのであったが、この三、四日の遊びに浸っていた神経が、興奮と倦怠《けんたい》とに疲れていた。お今の若々しい束髪姿が、そんな時の浅井の心に、悪醇《あくど》い色にただれた目に映る、蒼いものか何ぞのように、描かれていた。
「己は少《わか》い女は嫌いだよ。」
 何か言い出すお増に、始終そう言っていた浅井の頭脳《あたま》に、お今のことが、時々考えられた。

     三十五

 猫板《ねこいた》のうえで、お増が途中から買い込んで来た、
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