お今が荷物を持ち込みなどした。浅井はまだ帰っていなかった。
「このごろは、それはお帰りが遅いのよ。だから淋しくて淋しくてしようがなかったの。ねえ静《しい》ちゃん。」
お今は今まで台所にいた、白いエプロンをかけたまま、散らかった雑誌などを片着けていた。静子は含羞《はにか》んだような顔をして、お増が鞄から出す、土産《みやげ》ものの寄木細工の小さい鏡台などを弄《いじ》っていた。
「へえ、いいもの貰ったわね。」
お今もそこへ顔を寄せて行ったが、冬になってから、皮膚が一層白くなっていた。
お増はもの足りなさそうな顔をして、火鉢の傍を離れると、箪笥などの据わった奥の間へ入って見たり、二階へあがって、人気のない座敷の電気を捻《ひね》って見たりした。押入れをあけると、そこに友禅縮緬《ゆうぜんちりめん》の夜具の肩当てや蒲団をくるんだ真白の敷布の色などが目についた。
「何も変ったことはなかったの。」
お増は階下《した》で着更えをすると、埃《ほこり》っぽい顔を洗ったり、袋から出した懐中鏡で、気持のわるい頭髪《あたま》に櫛を入れたりしていた。
「え、別に……姉さんがいないと、家はそれはひっそりしたもの
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