子供の育って行くのを楽しみに、気の張りつめたその日その日を送っていた。女と子供との関係は、母子というよりは、保姆《ほぼ》と幼児との間柄に近かった。一生夫をもたずに、子供を仕立てて行こうと誓った女の志は、ますます堅かった。
「おそろしい厳しい躾《しつけ》をしますよ。」
その母親とも親しくなったお増は、おかしいほど子供に対する言葉遣いなどを上品ぶる、女の様子を見て来て浅井に話した。
「それごらん、そんなお手本が、ちゃんと近所にあるじゃないか。」浅井が言い出した。
「それもやっぱり欲にかかっているからですわ。」
「それもあるが、子供に対する愛情もある。」
「それは腹を痛めた子ですもの、どうしたって違いますわ。」
外へ出るとき、お増はいつも静子をつれて行った。子供は日増しに母親と気安くなって来た。
田舎へ帰ってからのお柳の病気がちなことが、夫婦の耳へもおりおり伝わって来た。
「死んだらお前にとっつくだろう。」
浅井は時々お増を揶揄《からか》った。
三十
盆過ぎに会社から休暇を貰った良人と一緒に、静子をつれて、一ト月たらずも、そっちこっち旅をして帰って来たお増は、顔や手首
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