を持って駈け出して行くのであったが、男の子は時々呼び込まれて家のなかへも入って来た。色の蒼い、体の※[#「兀+王」、第3水準1−47−62]弱《ひよわ》そうなその子は、いろいろな翫具《おもちゃ》を取り出してしばらく静子と遊んでいるかと思うと、じきに飽きてしまうらしかった。
「坊ちゃんのお父さんは何をなさるの。」
 二人で仲よく遊んでいる子供のいたいけな様子に釣《つ》り込まれながら、お増はいつか自分の荒く育った幼年時代のことなどを憶い出していた。町垠《まちはずれ》にあったお増の家では、父親が少しばかりあった田畑へ出て、精悍精悍《まめまめ》しくよく働いていた。夏が来ると、柿の枝などの年々なつかしい蔭を作る廂《ひさし》のなかで、織機《はた》に上って、物静かにかちかち梭《ひ》を運んでいる陰気らしい母親の傍に、揺籃《つづら》に入れられた小さい弟がおしゃぶりを舐《しゃぶ》って、姉の自分に揺られていた。夏になるとその子を負《おぶ》って、野川の縁《ふち》にある茱萸《ぐみ》の実などを摘んで食べていたりした自分の姿も憶《おも》い出せるのであった。
 男の子は、じきに迎いに来る女中につれられて帰って行った。
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