て出歩いている時の、お増の心に寂しく浮びなどした。
「もう二人で歩くのはおかしい。」
浅井はこう言っては、子供の悦びそうな動物園や浅草へ遊びに行った。子供も一緒に見る、不思議な動物や活《い》き人形などがお増の目にも物珍しく眺められたが、電車の乗り降りなどに、子供を抱いたり擁《かか》えたりする浅井の父親らしい様子を見ているのが、何とはなしに寂しかった。
「静《しい》ちゃんや静ちゃんや……。」
お増は時々うっかり物に見入っている子供の名を呼んで、柔かい小さい手を引っ張りなどしたが、やはり気乗りがしなかった。
「母ちゃん――。」
子供は父親のいない家のなかが寂しくなって来ると、思い出したように、抱いてでももらいたそうにお増の側へ寄って来るのであったが、女らしい優しさや、母親らしい甘い言葉の出ないのが、お増自身にももの足りなかった。
お増は茶箪笥の鑵《かん》のなかから、干菓子を取り出して、子供にくれた。
二十九
静子と同じ年ごろの男の子が、時々門の外へ来て、「静子《ちずこ》ちゃん遊びまちょう。」などと声かけた。「はーい。」と奥から返事をして、静子は護謨鞠《ゴムまり》など
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