へ稼《かせ》ぎに行っているのだということも、真実《ほんとう》らしかった。
「どちらにしたっていいじゃないか。お前だって、今に子供の欲しいと思う時機《おり》があるんだから、これを自分の子だと思っていれば、それでいいわけだ。」
 浅井はそう言って、淡白に笑っていた。
 年の割りに子供のませたことが、日がたつに従って、お増の目に映って来た。子供はいつかお増の顔色などを見ることを知っていた。自分だけでは、子供と何の交渉を持ち得ないことが、だんだんお増に解って来た。憎むときは打《ぶ》ったり撲《は》ったりして、可愛がるときは頬っぺたに舐《な》めついたり、息のつまるほど抱きしめたりしたヒステレカルなお柳に、長いあいだ子供は弄《いじ》られていたらしかった。
「……可愛くも、憎くもありませんよ。」
 子供を傍に据えて、自分の箸《はし》から物を食べさせなどしながら、晩酌の膳に向っている浅井に、子供のことを訊かれると、お増は、いつもそう言って答えるよりほかなかった。
 着飾らせた子供の手を引いて、日比谷公園などを歩いている夫婦を、浅井もお増も、どうかすると振り顧《かえ》って見たりなどしたことが、三人連れ立っ
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