「ほんとに私も厭になってしまったのよ。」お雪ははずかしそうにうつむいた。
「そんなことして、法律の罪にならないの。」
「どうだか解りゃしないわ。」
お雪は苦笑していた。
そこへ、ふらふらと降りて来た小林が、茶の間へ入って、女連に揶揄《からか》いながら帰って行った。
「奥さん、今夜からあなたは安心して寝られますよ。」
小林は酒くさい息を吹きながら、
「その代り、今度はあなたの番ですよ。私が明言しておく。」
小林はそう言いながら、衆《みんな》に送り出されて出て行った。
「厭なこと言う人だよ。」
お雪がお今が寝静まってから、お増は蒲団のなかに横たわっている浅井の枕頭《まくらもと》へ来て、莨を喫《ふか》しながら、それを気にしていた。くやしまぎれに、小林に喰ってかかるお柳の険相な顔や、長いあいだ住みなれた東京の家を離れて、兄と一緒に汽車に乗り込んで田舎へ帰って行く姿などが、目に見えるようであった。
「あれだけは、己の失策だったよ。」
浅井が興奮したような顔を抬《もた》げて言い出した。
「己は他に人から非難を受けるような点はないんだ。あれに懲りて、女には今後断然手を出さんということにし
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