よう。」
「そうは行きませんよ。」
 お増はまじまじその顔を眺めていた。
「いや、あんな女もちょっとめずらしいよ。こうなるのが、彼奴《あいつ》の当然の運命だよ。己は決して可哀そうとは思わん。」
 長いあいだ、お柳に苦しめられて来たことが、浅井の胸に考えられた。
「でも、私は一生あの人に祟《たた》られますよ。」
「莫迦《ばか》言ってら。」
 浅井は笑った。
「後悔するのが当然だ。今でこそ話すが、あの女が二日も三日も家をあけて、花を引いてあるく裏面には、何をしていたか解るものか。あの女の貞操を疑えば疑えるのだ。」
「何かそんなことでもあったんですか。」
「まあさ……そういうことはないにしてもさ。とにかくこれでさっぱりしたよ。己はこれまでに、幾度あの女のために、刃物を振り廻されたか知れやしない。それに、あの持病と来ている。まず辛抱できるだけして来たつもりだ。」
「お鳥目《あし》がなくなったら、また何とかいって来ますよ、きっと。」
「そんなことに応じるものか。」浅井は鼻で笑った。

     二十八

 お柳の手もとに育てられて来た女の子が、お増の方へ引き渡されたのは、お柳|母子《おやこ》がい
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