うせそうさ。」
 浅井が淋しく笑った。
「いいじゃないか、金がお柳さんの身につこうと着くまいと。」
 小林は言い出した。
 階下《した》へおりると、お雪がとんだところへ来合わせたというような顔をして、淋しそうに火鉢の側へ膝を崩していた。その前へ来て坐るお増の顔には、胸に溢《あふ》れる歓喜の情が蔽《おお》いきれなかった。

     二十七

 飲み出すと、いつも後を引く癖のある小林が、浅井と二、三番も碁を闘わしてから、帰って行ったのは、大分遅くであった。
「また始まったよ。」
 二階に碁石の音の冴《さ》えだした時に、ちょうどお雪からその令嬢の話など聞かされていたお増は、傍に針仕事をしているお今と、顔を見合わせながら呟いていた。お雪の口からは、お今が熱《ほて》る顔に袖をあてて、横へ突っ伏してしまうほど、きまりの悪いようなことが、話し出された。
「今度私にも加勢しろと、青柳がそう言うんだけれど、いくら何でもそんな罪なこと私に出来やしませんわ。つまり、私が現場へ呶鳴《どな》り込むかどうかするんでしょう。」
「へえ、そんな人の悪いことするの、まるでお芝居のようだね。」
 お増は目を丸くした。

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