も一番印象が深かった。
「……何でも三人で行った時だったよ。何が悲しかったのか、三人とも舞台も見ないで、おいおい泣いていたじゃないの。泣かなくちゃ悪いとでも思ったものだろうよ。」
 お雪はお増の手を打《ぶ》って、目に涙のにじむほど笑った。
「莫迦《ばか》だね。」
 お増も苦笑した。「あの時分はまだ真《ほん》の子供だもの。やっと十四か五だよ。」
「でも色気はあったんだわねえ。」
 紫の袴《はかま》をはいたお今が、「ただいま。」と言って帰って来たとき、お増は台所で瓦斯《ガス》の火で、晩の食べ物を煮ていたが、その傍に、お雪も何かの皮を剥《む》きながら、無駄話に耽《ふけ》っていた。
「だんだんよくなるよ、あの娘《こ》は――。」
 お雪は自分の部屋へ入って行くお今の後姿を見送りながら、呟いた。
「あんな娘《こ》を傍におくと、険難《けんのん》だよ。」
「ううん、まさか。」
「初めて見た時から見ると、まるで変ったよ。――あんな時分が一番いいわね。何の気苦労もなさそうで。私なんか、長いあいだ何をして来たんだろうと、そう思うよ。――こうしてこんなことして終いに死んじまうんだわね。」
 そう言うお雪の横顔
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