て来たお雪は、地の荒れた顔にだらけた笑いを浮べていた。ひとしきりこの女にあった棄て鉢な気分さえ見られなかった。
「へえ。また喧嘩したの。」
 お増は気なしに訊いた。
「いいえ、そうじゃないの。」
 お雪は莨をふかしながら、にやにやしていた。
「青柳が少し仕事をするんだとさ。」
「仕事って何さ。」
「大変な仕事さ。」
 お雪はやはり笑っていた。
「後家さんでも瞞《だま》すのかい。」
「まあそういったようなもんさ。その相手がよそのお嬢さんなの。」
「へえ、罪なことをするね。」
 お増はそう思いながら、友達の顔を眺めていた。
 お雪は少し顔を赧らめながら、「それには私が家にいては都合が悪いのだとさ。」
「家へ引っ張り込むの。」
「多分そうでしょうよ。」
 お雪はきまり悪そうにうつむいていた。
「わたし、あの男あんなに悪い奴じゃないと思っていたら……どうして。」
 お雪は呟いた。
「芸じゃ駄目だから、色で金儲けをするなんて、あの男も堕落したものさ。あんな男に引っかかるお嬢さんがあるのかと思うと、気の毒のような気がするわ。それアお前さん、先《さき》は名誉のある人だもの、そんなことが新聞にでも出て
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