《けんか》したとかいって、一度泊りがけでやって来たことがあったが、その時はじきに青柳が来て連れて行った。
黒い眼鏡などをかけた青柳は、そのおり浅井にもちょっと逢って挨拶をして行った。あまり風体《ふうてい》のよくない、そんな男の出入りすることは、浅井には快くはなかったが、お増は浅井に秘密《ないしょ》で、時々お雪に小遣いなどを貸していた。
「何だか自分の作った唄《うた》の本を出すんだとさ。」
お雪は芝居の方がすっかり駄目になった青柳が、流行節のような自作の読売りを出版するその費用の融通を、お増に頼みに来たりした。
「あの人駄目よ。あんた一生苦労しますよ。それよりかあの人と手を切って、今のうち黒田に泣きついて、何とかしてもらったらどう。その話なら宅《うち》の旦那に相談したら、先方へ交渉《かけあ》ってもらえないこともなかろうと思うがね。」
お増は、お雪が先に見込みもない芸人などに引き摺《ず》られているのを、歯痒《はがゆ》く思ったが、長いあいだ腐れあった二人のなかは、手のつけようもないほど廃頽《はいたい》しきっているのであった。
前垂がけに、半襟の附いた着物を着て、ずるりと火鉢の傍へ寄っ
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