の頭を据えながら、長火鉢の傍から顔を顰《しか》めていた。
「奥さん奥さん、今年はあなた有卦《うけ》に入っていますよ。」
酒ずきな弁護士は、ぐでぐでに酔っても、まだにちゃにちゃする猪口《ちょく》を手から離さなかった。
「お柳さんの方は大丈夫、私が談《はなし》をつけてあげます。その代り私が怨《うら》まれます。少し殺生《せっしょう》だが、そのくらいのことは奥さんのために、私がきっとしますよ。」
弁護士は、太い青筋の立った手で、猪口をお増に差しつけた。
「いいえ。どうしたしまして。私はどうだっていいんです。」
お増は横を向いて、莨《たばこ》をふかしていた。
除夜の鐘が、ひっそり静まった夜の湿っぽい空気に伝わって来た。やがて友達の引き揚げて行った座敷に、夫婦はしばらく茶を淹《い》れなどして、しめやかに話しながら差し向いでいた。綺麗に均《なら》された桐胴《きりどう》の火鉢の白い灰が、底冷えのきびしい明け方ちかくの夜気に蒼白《あおざ》めて、酒のさめかけた二人の顔には、深い疲労と、興奮の色が見えていた。表にはまだ全く人足が絶えていなかった。夜明けにはまだ大分|間《ま》があった。
明朝《あした
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