の方まで出て行ったり、台所で重詰めなど拵えるのに忙しかったが、初めて一家の主婦として、いろいろのことに気を配っている自分の女房ぶりが、自分にも珍しかった。
羅紗《ラシャ》問屋の隠居が、引越し祝いに贈ってくれた銀地に山水を描いた屏風《びょうぶ》などの飾られた二階の一室で、浅井の棋敵《ごがたき》の小林という剽軽《ひょうきん》な弁護士と、芸者あがりのその妾《めかけ》と一緒に、お増夫婦は、好きな花を引いて、楽しい大晦日《おおみそか》の一夜を賑やかに更かした。
お歳暮に来る人たちの出入りするたびに鳴っていた門の鈴の音も静まって、そのたびにお今に呼ばれて下へ降りて行ったお増は、やっと落ち着いて仲間に加わることが出来た。本宅の方での交際《つきあい》も、今年は残らずこっちへ移されることになったのであった。水引きのかかったお歳暮が階下《した》の茶の間に堆《うずたか》く積まれてあった。
会社で浅井のそんなに顔の広いことを、お増はお今などの前にも矜《ほこ》らしく思った。
「へえ、またビールなの。そんなものを担ぎ込む人の気がしれないね。」
お増は宵のうちに、もう手廻しして結ってもらった丸髷《まるまげ》
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