けなくちゃ。」
新しい家の方へ、間もなく荷物がそっと運び込まれた。綺麗な二階が二タ間もあるようなその家は、前の家からみると周囲《まわり》なども綺麗で住み心地がよさそうであった。しばらくのまにめっきり殖《ふ》えた道具を、お増は朝から一日かかって、それぞれ片着けた。そして久しぶりで燥《はしゃ》いだような心持になって、そこらを掃いたり拭いたりしていた。
洒落《しゃれ》た花形の電気の笠《かさ》などの下った二階の縁側へ出て見ると、すぐ目の前に三聯隊《さんれんたい》の赭《あか》い煉瓦《れんが》の兵営の建物などが見えて、飾り竹や門松のすっかり立てられた目の下の屋並みには、もう春が来ているようであった。賑《にぎ》やかな通りの方から、楽隊の囃《はやし》などが、聞えて来た。
「ちょいと、ここならば長くいられそうね。」
置物などを飾っている浅井を振り顧《かえ》って、お増は悦《うれ》しそうに浮き浮きした調子で言いかけた。
二十一
心のわさわさするような日が、年暮《くれ》から春へかけて幾日《いくか》となく続いた。お増は暮の町を珍しがるお今をつれて、ちょいちょいした物を買いに、幾度となく通り
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