へ取りついて来る愛物の頭を撫でながら、買って来た干菓子《ひがし》などを壊《こわ》して口へ入れてやった。
「あれから誰も来ない?」
お増は家中を見廻りながら、明るい窓のところで、田舎へ出す手紙を書きなどしているお今の後から訊ねたが、やはりお柳の来たような様子はなかった。
「どうしたというんだろうね。」
何事もなければないで、お増はやはりそれが不安であった。そこに自分のために、不運な何物かが待ち設けているように思えた。
「こんなことしていたって、姉さんつまらないじゃないの。」
お今は箪笥から着替えを取り出しているお増の側から言い出した。
「着物なぞいくらあったって、日蔭者じゃしようがないじゃないの。」
堅気の田舎の家庭から巣立ちして来たばかりのお今の生《うぶ》な目には、お増の不思議な生活が、煩わしくも惨《みじ》めらしくも見えるのであった。
「それはお前さん方はそうさ。」
お増は笑っていた。
外湯に入りつけないお増は、自身湯殿へおりて、風呂の湯を焚《た》きつけたり、しばらく手にかけない長火鉢に拭巾《ふきん》をかけたりして働いていた。
日の暮れ方にお増は独りで、透《す》き徹《とお
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