。」
「どうなるか解りゃしませんよ。」
 その時二人はじめじめした茶の間の火鉢の側で、話し込んでいた。
 一時の避難所に択《えら》んだ下宿の方へ移って行ってからも、浅井が外へ出て行った後の部屋が気窮《きづま》りになって来ると、お増はちょいちょい気のおけないそこの茶の間へ茶菓子などを持ち込んで遊びに来た。そこで髪などを結うことにした。
「私も子供が一人産んでみたいような気がするね。」
 お増は無造作に自分の膝へ抱き取った子供の柔かい顔に、頬擦《ほおず》りなどしながら言った。
「貰って下さいよ一人。私のところでは、どしどし出来るそうですから。」
「ううん、くれるものか。大事に育てなけアいけないよ。」
 二、三日たつと、何もなかった下宿の部屋へ、いろいろの手廻りのものが持ち込まれた。お増は何事か起っていそうな自分の家の様子が気にかかって来ると、そっとそこへ訪ねて行った。家には毎日裁縫や料理の学校へ通うお今のほかに、気丈夫そうな知合いの婆さんが一人、留守に頼んであった。
「あ、よしよし、お前ばかりだよ。そんなにしてくれるのは。」
 お増はくんくん鼻を鳴らしながら、なつかしい主《あるじ》の膝や胸
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