れた体を揺られながら、お柳の気のつかないような家を、あれこれと物色したが、蒼い顔したお柳が、どこまでもへばりついて来そうに思えてならなかった。
「綺麗に手を切ってしまわなくちゃ駄目ですよ。」
 お増は暗い目をしながら、言った。
 手土産などをさげて、本郷の方のある友人の家の門を叩いたのは、もう十二時過ぎであった。その友人は、近ごろお千代婆さんのところで知合いになった、ある雑誌の記者であった。
「まあ大変おそく――。」婆さんの家で浅井の旧《もと》から知っていたその細君は、寝衣姿《ねまきすがた》で出て来て門を開けた。そこにお増が笑いながら立っていた。蔭にいる浅井の顔には、寒さ凌《しの》ぎに途中で飲んだ酒の酔いがあった。

     十九

 夜のものなどの一向手薄なそこの家に、落着きのない一晩があけると、その午後浅井はつい近所に、当分お増を置くような下宿の空間《あきま》を探しに出た。
「とうとう見つかったんですかね。こわいこわい。」などと友人の細君が三つばかりの子供に乳を呑《の》ませながら、お増の身のうえを危ぶんででもいるような目色をしていた。
「じゃまあ今度|談《はなし》がつくんでしょう
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