目を二人の方へ動かしながら言った。その顔が美しく薔薇色《ばらいろ》に火照《ほて》っていた。
「知れるわけはないはずだがね。」
 浅井は首を傾《かし》げながら呟いた。
「あなたがつけられたんですよきっと。」お増は思案ぶかい目色をした。
 浅井は目元に笑っていた。
「何、知れるものなら、こっちがどんなに用心したっていつか知れる。向うはお前一生懸命だもの。」
「それにしても、あの人きっとまた来ますよ。ことによると、どこかそこいらにまだいるかも知れませんよ。」
 お増は不安そうに言った。
「こうしているところへ踏み込まれてごらんなさい、それこそ事ですよ。私はどんなことがあったって、あの人と顔なぞ合わされやしませんよ。」
 自分たちの巣を、また他へ移さなければならぬことが、さしずめ考えられた。
「わたしお雪さんところへ、しばらく行っていましょうか。」
 お増は言い出した。
「とにかくここを出ようよ。見つかっちゃなにかと面倒だ。」
 後をお今に頼んで、二人はそこを脱け出した。そして、用心深く通りまで出ると、急いで電車に乗った。電車は空《す》いていた。そして薄暗い夜更けの町を全速力で走った。二人は疲
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