子板や翫具《おもちゃ》などをこてこて買って、それを帰りがけに食べた天麩羅《てんぷら》の折詰めと一緒に提げながら、帰って来たとき、留守を預かっていたお増の遠い縁続きにあたる若い女が、景気よく入って来るその跫音《あしおと》を聞きつけて、急いで玄関口へ顔を出した。
「お今ちゃんただいま。」
 鼻を鳴らして絡《まつ》わりつく犬をいたわりながら、鉄瓶《てつびん》の湯気などの暖かく籠《こも》った茶の間へ、二人は冷たい頬を撫《な》でながら通った。
「あなたがたが出ておいでなさると、すぐその後へ女の人が訪ねて来たんですよ。」
 お今はそこへ持ち出していた自分の針仕事を、急いで取り片着けながら、細君の来た時の様子を話し出した。
「へえどんな女?」
 お増が新調のコートを脱ぎながら、気忙《きぜわ》しく訊いた。
「よくは判らなかったけれども、何だか老《ふ》けた顔していましたわ。背の高い痩せた人ですよ。それで、私がお二人ともお留守だとそう言いましたらば、名も何も言わずに、じきに帰って行きましたよ。」
「てっきりお柳《りゅう》さんですよ。」
 お増は坐りもしないで言った。
「私もそう思いました。」お今も愛らしい
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