かし深く男を追窮することも出来なかった。
「あなたの神さんを、私一度見たいわね。」
お増は男の心でも引いて見るように言った。
「つまらない。」
男は鼻で笑った。
「それに、こんなことが知れると、出すにしても都合がわるい。」
「やはりあなたはお神さんがこわいんだよ。」
「こわいこわくないよりうるさい。」
「じゃ、あなたのお神さんはきっと嫉妬家《やきもちやき》なんだよ。」
「お前はどうだい。」
「ううん、私はやきゃしない。こうやっているうちに、東京見物でもさしてもらって、田舎《いなか》へ帰って行ったっていいんだわ。」
お増はそう言って笑っていたが、商売をしていた時分の傷のついたことを感ぜずにはいられなかった。
近所が寝静まるころになると、お増はそこに独《ひと》りいることが頼りなかった。床に入ってからも、容易に寝つかれないような晩が多かった。夜の世界にばかり目覚めていたお増の頭には、多勢の朋輩《ほうばい》やお婆さんたちの顔や声が、まだ底にこびりついているようであった。抱擁すべき何物もない一晩の臥床《ねどこ》は、長いあいだの勤めよりも懈《だる》く苦しかった。太鼓や三味《しゃみ》の音も想
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