火鉢の側へ来て、茶を飲んでいた。餉台《ちゃぶだい》におかれたランプの灯影《ひかげ》に、薄い下唇《したくちびる》を噛《か》んで、考え深い目を見据《みす》えている女の、輪廓《りんかく》の正しい顔が蒼白く見られた。
「けどその片《かた》はじきにつくんだ。それにあの女には、喘息《ぜんそく》という持病もあるし、とても一生暮すてわけに行きゃしない。」
男は筒に煙管《きせる》を収《しま》いこみながら、呟《つぶや》いた。
「喘息ですって。喘息って何なの。」
「咽喉《のど》がぜいぜいいう病気さ。」
「ううん、そんなお客があったよ。あれか。」
お増は想い出したように笑い出した。
「お酒飲んだり、不養生すると起るんだって、あれでしょう。厭だね。あなたはそんなお神さんと一緒にいるの。」
お増は顔を顰《しか》めて、男の顔を見た。男はにやにや笑っていた。
「でも、そんなに世話になった人を、そうは行きませんよ。そんな薄情な真似が出来るもんですか。」
「なに、要するに金の問題さ。」
「いいえ、金じゃ出て行きませんよ。それに、そんな人は他《ほか》へ片着くてわけに行かないでしょう。」
お増は考え深い目色をした。し
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