《うそ》だよ。」
「みんな聞いてしまいましたよ。前に京都から女が訪《たず》ねて来たことも、どこかの後家さんと懇意であったことも、ちゃんと知ってますよ。」
「へへ。」と、男は笑った。
「その京都の女からは、今でも時々何か贈って来るというじゃありませんか。」
「くだらないこといってら。」
「私はうまく瞞されたんだよ。」
男は床の上に起き上って、襯衣《シャツ》を着ていた。お増は側《そば》に立て膝《ひざ》をしながら、巻莨《まきたばこ》をふかしていた。睫毛《まつげ》の長い、疲れたような目が、充血していた。露出《むきだ》しの男の膝を抓《つね》ったり、莨の火をおっつけたりなどした。男はびっくりして跳《は》ねあがった。
二
しかし男も、とぼけてばかりいるわけには行かなかった。三、四年前に一緒になったその細君が、自分より二つも年上であること、書生のおりそこに世話になっていた時分から、長いあいだ自分を助けてくれたことなどを話して聞かした。そのころその女は少しばかりの金をもって、母親と一緒に暮していた。
「それ御覧なさい。世間体があるから当分別にいるなんて、私を瞞しておいて。」
二人は長
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