》を二人で食べたりなどした。
いつも肩のあたりの色の褪《さ》めた背広などを着込んで、通って来たころから見ると、男はよほど金廻りがよくなっていた。米琉《よねりゅう》の絣《かすり》の対《つい》の袷《あわせ》に模様のある角帯などをしめ、金縁眼鏡をかけている男のきりりとした様子には、そのころの書生らしい面影もなかった。
酒の切揚げなどの速い男は、来てもでれでれしているようなことはめったになかった。会社の仕事や、金儲《かねもう》けのことが、始終頭にあった。そして床を離れると、じきに時計を見ながらそこを出た。閉めきった入口の板戸が急いで開けられた。
男が帰ってしまうと、お増の心はまた旧《もと》の寂しさに反《かえ》った。女房持ちの男のところへ来たことが、悔いられた。
「お神さんがないなんて、私を瞞《だま》しておいて、あなたもひどいじゃないの。」
来てから間もなく、向うの家のお婆さんからそのことを洩《も》れ聞いたときに、お増はムキになって男を責めた。
「誰がそんなことを言った。」
男は媚《こ》びのある優しい目を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》ったが、驚きもしなかった。
「嘘
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