行っている留守の間に、いきなり細君が押し込んで来た。
お増の囲われた家を突き留めるまでに費やした細君の苦心は、一ト通りでなかた。浅井が家を出るたびに、細君は車夫に金を握らしたり、腕車《くるま》に乗らないときは、若い衆を頼んで、後から見えがくれに尾《つ》けさしたりしたが、用心深い浅井は、どんな場合にも、まっすぐにお増の方へ行くようなことはなかった。
「大丈夫でござんすよ奥さん……。」
若い衆はそう言って、細君に復命した。
「しようがないね。きっとお前さんを捲《ま》いてしまったんですよ。」
終《しま》いに細君は素直にばかりしていられなくなった。大切な株券が、あるはずのところになかったり、債券が見えなくなったりした。それを発見するたびに、細君は目の色をかえた。どうかすると、出来るだけ立派な身装《なり》をして、自身浅井の知合いの家を尋ねまわるかと思うと、絶望的な蒼い顔をして、髪も結わずに、不断着のままで子供をつれて近所を彷徨《うろつ》いたり、蒲団を引っ被《かつ》いで二日も三日も家に寝ていたりした。
たまに手紙や何かを取りに来る浅井の顔を見ると、いきなり胸倉を取って武者ぶりついたり、座敷
前へ
次へ
全168ページ中46ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング