すれば、何のこともないんだ。それも台所をがたつかせるようなことをしておいて、女狂いをしているとでもいうのなら、また格別だけれど。」
その晩長火鉢の側に、二人差し向いになっている時、浅井は少し真剣《むき》になって言い出した。
三、四杯飲んだ酒の酔《え》いが、細君の顔にも出ていた。
「それに今までは、私も黙っていたけれど、お前は少し家の繰り廻し方が下手《へた》じゃないか。」
浅井は、不断の低い優しい調子できめつけた。
「人のことばかり責めないで、一体私の留守のまに、お前は何をしている。」
「それはあなたが、何かを包みかくしているから、私だってつまらない時は、たまにお花ぐらい引きに行きますわ。」
「私はそれを悪いと言やしない。自分の着るものまで亡《な》くして耽るのがよくないと言うのだ。」
浅井はこの前から気のついていた、ついこのごろ買ったばかりの細君の指環や、ちょいちょい着の糸織りの小袖などの、箪笥に見えないことなどを言い出したが、諄《くど》くも言い立てなかった。
「どっちも悪いことは五分五分だ。」などと笑ってすました。
十七
ある晩浅井とお増とが、下町の方の年の市へ
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