》めて、どこへ持っていらっしゃろうと言うの。」
 細君は、そこへべッたり坐って嘆願するように言った。
「静ちゃんも、ああやって病気して可哀そうですから、ちっとは落ち着いて、家にいて下すったっていいじゃありませんか。」
 浅井は一片着《ひとかたづ》け片着けると、ほっとしたような顔をして、火鉢の傍へ寄って、莨をふかしはじめた。持ち主の知合いに頼まれて、去年の冬から住むことになったその家は、蔵までついていてかなり手広であった。薄日のさした庭の山茶花《さざんか》の梢《こずえ》に、小禽《ことり》の動く影などが、障子の硝子越《ガラスご》しに見えた。
 やがて奥へ入って行った浅井は、寝ている子供の額に触ったり、手の脈を見たりしていたが、子供はぱっちり目を開いて、物珍しげに浅井の顔を眺めた。
「静ちゃんお父さんよ。」
 細君は傍から声をかけた。
「なに、大したことはない。売薬でも飲ましておけば、すぐ癒《なお》る。」
 浅井は呟いていた。
「でも私も心細うござんすから、おいでになるならせめて出先だけでも言っておいて頂かないと、真実《ほんと》に困りますわ。」
 浅井は笑っていた。
「お前が素直にしていさい
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