を持っていた。そして浅井が家を持ったということを伝え聞くと、それを持って、東京に親類を持っている母親と一緒に上京したのであった。浅井はそれをお千代婆さんのところに託《あず》けておいて、それ以来の細君と自分との関係などを説いて聞かせた。女はむしろ浅井夫婦に同情を寄せた。そして一月ほど、そっちこっち男に東京見物などさしてもらうと、それで満足して素直に帰って行った。縹緻《きりょう》のすぐれた、愛嬌《あいきょう》のあるその女の噂《うわさ》が、いつまでもお千代婆さんなどの話の種子《たね》に残っていた。
「浅井さんが、よくまあ、あの女を還《かえ》したものだと思う。」
 お千代婆さんは、口を極《きわ》めて女を讃《ほ》めた。
 女が京へ帰ってからも、浅井は細君と相談して、よくいろいろなものを贈った。女の方からも清水《きよみず》の煎茶茶碗《せんちゃぢゃわん》をよこしたり、細君へ半襟を贈ってくれたりした。
「お愛ちゃんはどうしたでしょうねえ。」
 消息が絶えると、細君も時々その女の身のうえを案じた。
「もう嫁入りしたろう。」
 そう言っている矢先へ、思いがけなく女からまた小包がとどいた。女はやっぱり自分の
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