の下拵《したごしら》えなどをして、資本家に権利を譲り渡すことなどに、優《すぐ》れた手際を見せていた。
 お増を移らせる家を、浅井は往復の便を計って、すぐ自分の家の四、五丁先に見つけた。そこへ新しい箪笥《たんす》が持ち込まれたり、洒落《しゃれ》れた茶箪笥が据えられたりした。
「燈台下暗しというから、この方がかえっていいかも知れんよ。」
 浅井は初めてそこへ落ち着いたお増に、酒の酌《しゃく》をさせながら笑った。もうセルの上に袷羽織でも引っ被《か》けようという時節であった。新しい門の柱には、お増の苗字《みょうじ》などが記されて、広小路にいた時分、よそから貰った犬が一匹飼われてあった。ふかふかした絹布の座蒲団《ざぶとん》が、入れ替えたばかりの藺《い》の匂いのする青畳に敷かれてあった。浅井の金廻りのいいことが、ちょっとした手廻りの新しい道具のうえにも、気持よく現われていた。
 ワイシャツ一つになって、金縁眼鏡をかけて、向う前に坐っている浅井の生き生きした顔には、活動の勇気が、溢《あふ》れているように見えた。お増の目には、その時ほど、頼もしい男の力づよく映ったことはかつてなかった。
 浅井の調子は
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