ものなどに出歩いている浅井の細君の姿を、よそながら見ることがあった。
そのころには、一夏過したお増の様子がめっきり変っていた。世のなかへ出た当時の、粗野《ぞんざい》な口の利《き》き方や、調子はずれの挙動が、大分|除《と》れて来た。櫛《くし》だの半襟《はんえり》だの下駄などの好みにも、下町の堅気の家の神さんに見るような渋みが加わって来た。どこか稜《かど》ばったところのあった顔の輪郭すら、見違えるほど和らげられて来た。
「ほんとにお前さんは、憎いような身装《なり》をするよ。」
新調の着物などを着て訪ねて行くお増の帯や、襦袢の袖を引っ張って見ながら、お雪がうらやましそうに言った。
「今のうち、もっと派手なものを着た方がいいじゃないの。」
「ううん、派手なものは私に似合《にあ》やしないの。それにそんなものは先へ寄って困るもの。」
浅井はそのころ、根岸の方の別邸へ引っ込んでいる元日本橋のかなり大きな羅紗《ラシャ》問屋の家などへ出入りしていた。店を潰《つぶ》してしまったその商人は、才の利く浅井に財政の整理を委《まか》すことにしていた。浅井はほかにも、いろいろの仕事に手を染めはじめていた。会社
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