弱い自分の計《はかりごと》をしなければならぬということが、いつになく深くお増の心に考えられた。それからそれへと移って行くらしい、男の浮気だということも、思わないわけに行かなかった。いつ棄てられても、困らないことにさえしておけば、欲に繋《つな》がる男心の弱味をいつでも掴《つか》んでいられそうに思えた。お増は自分の心の底に流れている冷たいあるものを、感ぜずにはいられなかった。
「あの人の神さんなぞは、私に言わせれば莫迦さ。」
 お増はそうも思った。勝利者のような誇りすら感ぜられるのであった。
 晴れ晴れした顔をして湯から帰って来た浅井は、昨宵《ゆうべ》の食べ物の残りなどで、朝食をすますと、じきに支度をして出て行った。お増は男を送り出すときいつでも経験する厭な心持を紛らそうとして、お千代婆さんの家を訪ねた。
「へえ、それでもよく飽きもせずに、三日も四日も、寝てばかりいられたものだね。」
 そう言っていそうなお千代婆さんの目の色が、嶮《けわ》しかった。
 お増は、昨日《きのう》浅井と一緒に出て買って来た、銘仙《めいせん》の反物を、そこへ出して見せた。
「これを私の袷羽織《あわせばおり》に仕立て
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