あるじ》のいない荒れた家のさまや、夜もおちおち眠れない細君の絶望の顔が浮んで来た。ついこのごろよそから連れ込んで来て、細君に育てさしている、今茲《ことし》四つになる女の子のことも、気にかかりだした。髪なども振り散らかしたままで、知合いや友人の家を、そっちこっち探しまわっているに決まっている細君の様子も、目に見えるようであった。
「うっかりしていると、ここへもやって来ますよ。」
お増も床の上に起き上りながら言った。
やがて、浅井が楊枝《ようじ》を啣《くわ》えて、近所の洗湯《せんとう》に行ったあとで、お増はそこらを片着けて、急いで埃《ごみ》を掃き出した。そして鏡台を持ち出して、髪を撫でつけ、鬢《びん》や前髪を立てて、顔を扮《つく》った。充血したような目や、興奮したような頬の色が、我ながら美しく鏡の面に眺められたが、頬骨の出たことや、鼻の尖って来たことが、ふと心に寂しい影を投げた。色が褪《あ》せてから見棄てられるものの悲しさが、胸に湧《わ》き起って来た。
「商売をしたものは、どうしたってそれは駄目さ。」
浅井のそう言ったことが、思い出された。
「私も早くどうかしなければ……。」
体の
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