つぶや》いた。お増の目には、麹町の家に留守をしている細君の寂しい姿が、ありあり見えるようであった。苦しい心持も、身につまされるようであった。
「いつかはきっと見つかりますよ。見つかったらそれこそ大変ですよ。」
お増の顔には、悪い夢からでもさめかかった人のような、苦悩と不安の色が漂っていた。
「ふふん。」
浅井は鼻で笑っていた。
「こんなことが、あなたいつまで続くと思って? 私だって、夜もおちおち眠られやしないくらいなのよ。第一肩身も狭いし、つくづく厭だと思うわ。あなただって、経済が二つに分れるから、つまらないじゃないの。」
「けれど、あの女もよくないよ。彼奴《あいつ》さえ世帯持ちがよくて、気立ての面白い女なら、己《おれ》だってそう莫迦《ばか》な真似はしたくないのさ。実際あれじゃ困る。」
「でもあなたのためには、随分尽したという話だわ。」
「尽したといったところで、質屋の使いでもさしたくらいのもので、そう厄介《やっかい》かけてるというわけじゃないもの、己も今では相当な待遇をして来たつもりだ。」
留守のまに、細君が知合いの家で、よく花を引いて歩いたり、酒を飲んだり、買食いをしたりする
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