十

 その晩そこに泊った浅井が、明朝《あした》目を醒《さ》ましたのは大分遅くであった。その日もじりじり暑かった。昨夜《ゆうべ》更けてから、寝床のなかで、どこかの草間《くさあい》や、石の下などで啼《な》いている虫の音を聞いた時には、もう涼しい秋が来たようで、壁に映る有明けの灯影や、枕頭《まくらもと》におかれたコップや水差し、畳の手触りまでが、冷やかであったが、睡《ねむ》りの足りない頭や体には、昼間の残暑は、一層じめじめと悪暑く感ぜられた。
 浅井を送り出してから、お増はまた夜の匂いのじめついているような蒲団のなかへ入って、うとうとと夢心地に、何事をか思い占めながら気懈《けだる》い体を横たえていた。その懈さが骨の髄まで沁《し》み拡がって行きそうであった。障子からさす日の光や、近所の物音――お千代婆さんの話し声などの目や耳に入るのが、おそろしいようであった。
「こんなことをしていちゃ、二人の身のうえにとてもいいことはないね。」
 昨夜浅井が床のなかで言ったことなどが思い出された。
「真実《ほんとう》だわ。罪だわ。」
 お増も、枕の上へ胸からうえを出して、莨を喫《す》いながら呟《
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