蒸し蒸しするそこらを開け放しながら言い出した。向うの女中が火種を持って来てくれなどした。
浅井はにやにやしていた。
「それでもちっとは東京の町が行《ある》けるようになったかい。」
「ううん、何だかつまらなかったから、浅草のお雪さんの家を訪ねて見たの。」
お増は背筋のところの汗になった襦袢《じゅばん》や白縮緬《しろちりめん》の腰巻きなどを取って、縁側の方へ拡げながら言った。
「こら、こんなに汗になってしまった。」
お増は裸のままで、しばらくそこに涼んでいた。
「何か食べるの。」
「そうだね、何か食べに出ようか。」
「ううん、つまらないからお止《よ》しなさいよ。」
お増は台所で体を拭くと、浴衣のうえに、細い博多《はかた》の仕扱《しごき》を巻きつけて、角の氷屋から氷や水菓子などを取って来た。そして入口の板戸をぴったり締めて内へ入って来た。
お増はこの二、三日の寂しさを、一時に取返しをつけるような心持で、浅井の羽織などを畳んだり、持物をしまい込みなどして、ちびちび酒を飲む男の側で、団扇《うちわ》を使ったり、酒をつけたりした。そして時々時間を気にしている浅井の態度が飽き足りなかった。
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