じゃ公使をしていて、東京にはいないのよ。そこへその時分、始終遊びに来て、碁をうったりお酒を飲んだりしていた男があったの。いい男なのよ。それが黒田の留守に、私をつかまえちゃ、始終厭らしいことばかり言うの。つまり私がその男を怒らしてしまったもんだから――そういう奴だから、逆様《あべこべ》に私のことを、黒田に悪口したのさ。やれ国であの女を買ったと言うものがあるとか、やれ男があったとか、貞操が疑わしいとか、何とか言ってさ。黒田はそれでも私に惚《ほ》れていたから、正妻に直す気は十分あったんだけれど、何分にも阿父《おとっ》さんが承知しないでしょう。そこへ持って来て、私の母があの酒飲みの道楽ものでしょう。私を喰い物にしようしようとしているんだから、たまりゃしない。黒田だって厭気がさしたでしょうよ。」
「あなた子供に逢いたくはないの。」
「逢いたくたって、今じゃとても逢わせやしませんよ。それでもその当座、託《あず》けてあった氷屋の神さんに、二度ばかりあの楼《うち》へつれて来てもらったことがあったよ。私も一度行きましたよ。もちろん母親だなんてことは、※[#「口+愛」、第3水準1−15−23]《おくび》に
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