から駄目なのよ。でも、こんな商業《しょうばい》をしていれば、いろいろな家へ出入りが出来るから、そこで仕事にありつこうとでもいうんでしょう。それもどうせいいことはしやしないのさ。」
お雪は苦笑していた。
「それから見れば、お増さんなぞは僥倖《しあわせ》だよ。せいぜい辛抱おしなさいよ。」
お雪は、今外交官をしている某《なにがし》の、まだ書生でいる時分に、初めて妾に行ったときのことなどを話しだした。そして当然そこの夫人に直される運命を持っていたお雪は、田舎でもかなりな家柄の人の娘であった。二人の間には、愛らしい女の子まで出来ていたのであった。
「どうしてそこへ行かないの。」
「もう駄目さ。寄せつけもしやしない。その時分ですら、話がつかなかったくらいだもの。」
お雪はそのころのことを憶い出すように、目を輝かした。その時分お雪はまだ二十歳《はたち》を少し出たばかりであった。色の真白い背のすらりとした貴婦人風の、品格の高い自分の姿が、なつかしく目に浮んで来た。
「それがこうなのさ。黒田……その男は黒田というのよ。狆《ちん》のくさめをしたような顔をしているけれど、それが豪《えら》いんだとさ。今
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