るくて、二度もあっちゃ大変でございますけれど。」
髪結はお愛想笑いをした。お増も浅井も空洞《うつろ》な笑い声を立てた。お今はきついような、不安らしい含羞《はにか》んだ顔をして、黙っていた。室との結婚の正体が、はっきり頭脳《あたま》に考えられないようであった。
来るとか来ないとかいって、長いあいだ決しなかった父親や母親の、家の都合でとうとう来ないことになった、その日の式は、至極質素であった。
杯のすんだ後のお今は、黒紋附を着た室と並んで、結納や礼物《れいもつ》などの飾られた床の前の方に坐っていた。松に鶴をかいた対《つい》の幅がそこにかけられてあった。田舎から代りに出て来た室の親類の人たちや、出張店の店員などが、それに連なって居並んだ。世話焼き夫婦の紹介で、一同の挨拶がすむと、親類の固めの杯が順々にまわされた。互いに顔を見合っているような重苦しい時が、静かに移って行った。
室の叔父分にあたるという、田舎の堅い製糸業者らしい、フロックの男が、持って来た猪口《ちょく》を、浅井夫婦の前へ差し出したころ、一座の気分が、ようやくほぐれはじめて来た。
「今回は不思議な御縁で……。」
と、その
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