男は両手を畳について、あらためて慇懃《いんぎん》な挨拶をした。
 浅井も丁寧に猪口を返した。製糸業などの話が、じきに二人のあいだに始まっていた。
 お増夫婦のそこを出たのは、席がばたばたになってからであった。疲れたようなお今の姿も、その席にはもう見えなかった。
「これからです。徹夜《よっぴて》飲みましょうよ。」
 叔父は起ち上る浅井の手を取って、引き留めた。
 帰ったのは大分おそかった。夫婦は、静子などの寝静まった茶の間で、そのままの姿で、茶を飲みながら、いつまでも向き合っていた。
「私たちと、あの人を頼んで、一度お杯をしてみたいじゃないの。」
 お増は晴れ晴れした顔をして、奥へ着替えにたって行った。



底本:「日本の文学9 徳田秋声(一)」中央公論社
   1967(昭和42)年9月5日初版発行
   1971(昭和46)年3月30日第5刷
入力:田古嶋香利
校正:久保あきら
ファイル作成:
2003年5月27日作成
青空文庫作成ファイル:
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