浅井夫婦が続いた。
会社の用事で、今朝《けさ》から方々駈けまわっていた浅井が、ぼんやりした顔をして帰って来た時には、お増やお今はもう湯から上って、下座敷にすえた鏡台の前で、結いつけの髪結の手伝いで、お化粧《つくり》をすましたところであった。道具の持ち出されてしまった部屋には、二人の礼服の襲《かさね》に、長襦袢や仕扱《しごき》などの附属が取り揃えられ、人々は高い声も立てずに、支度に取りかかった。厳《おごそ》かな静かさが、部屋の空気を占めていた。
丸髷《まるまげ》に、薄色の櫛《くし》や笄《こうがい》をさしたお増は、手ばしこく着物を着てしまうと、帯のあいだへしまい込んだ莨入れを取り出して、黙って莨をすいながら、お今の扮装《つくり》の出来るのを待っていた。
「こんな騒ぎをして行ったって、一年もたてば世帯持ちになって、汚れてしまうんだよ。」
お増は髪結が後から、背負《しょ》い揚《あ》げを宛《か》っている、お今の姿を見あげながら呟いた。
「真実《ほんとう》でございますね。」
物馴れた髪結は、帯の形を退《しさ》って眺めていた。
「でも一生に一度のことでございますからね。私みたいに、亭主運がわ
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