くやしまぎれに、鏡台から剃刀《かみそり》を取り出して、咽喉《のど》に突き立てようとしたほど、絶望的な感情が激昂《げっこう》していたが、後で入り込んで来る情婦《おんな》のことが、頭脳《あたま》に閃《ひらめ》いて、後へ気が惹かされた。
「私はどうしたって、お柳さんのようにはならない。」
お増は、じきに自分と自分の心を引き締めることが出来た。
「浅井さんを、旧《もと》の人間にしようっていうにゃ、どうしたってあなたの体から手を入れてかからなけあ、駄目だと私は思うがね。」
隠居は笑いながら言った。
「家のお芳をごらんなさい、体がぽちゃぽちゃしていますから、私のような老人《としより》じゃ喰い足りねえとみえて、店の若いものに、色目をつかやがってしようがありませんよ。」
隠居はふらふらした首つきをして、顔を顰《しか》めた。
お芳はみずみずした碧味《あおみ》がかった目を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》って、紅い顔をしていた。
「それでまた不思議なもんでして、こいつを店へ出しておくと、おかねえとでは、売り高の点で大変な差がありますよ。」
調子づいて自分のことばかり言い立てる、お
前へ
次へ
全168ページ中160ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング