れた、その店の居周《いまわ》りを、いつまでもうろうろとしていた。そして時々向う側にまわって、遠くからその方を透《すか》して見たが、硝子障子をはめた店のなかは、はっきり見えなかった。
 やがてそこらの店がしまって、ひっそりした暗い町の夜が、痛ましいほど更けて来た。お増はやっぱりそこを離れることができなかった。

     五十八

 その翌日、お増は半日外で遊び暮すつもりで、静子をつれて、お芳の店などを訪ねて見たが、いろいろ引っかかりのある気が滅入《めい》って、話がいつものようにはずまなかった。
「今度という今度は、どんなことしたって駄目なの。」
 お増はいつもの茶の間で、お芳夫婦に話した。
「私が理窟を言えば、お前に理窟を言われるような、だらしのないことはしておかないって言うし、それじゃ田舎へ帰りますとそういえば、お前の方で勝手に出て行くんだから、お金なんざ一文もやらないって言うし、それは私もいろいろやって見ましたの。だけど、ああなっちゃとても駄目なの。」
 諍《あらそ》えば諍うほど、お増は自分を離れて行く男の心の冷たい脈摶《みゃくはく》に触れるのが腹立たしかった。ある晩などは、お増は
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