ずる》そうな顔が、頭脳《あたま》に喰い込んでいて取れなかった。
「旦那にはいろいろとお世話さまになっておりますので、一度御挨拶に出なくちゃならないと始終そう申していたんでございますがね、何分店があるものですから……。」
婆さんは茶の間へ上り込んで、お増や子供に、親しい言《ことば》をかけたのであった。
浅井が留守になると、お増はその婆さん母子《おやこ》にちやほやされている状《さま》が、すぐに目に浮んで来た。まだ逢ったことのない女の顔なども、想像できるようであった。
「これを御縁に、手前どもへもどうぞ是非お遊びにいらして下さいましよ。そして仲よく致しましょうよ。」
婆さんのそういって帰って行った語《ことば》にお増ははげしい侮辱を感じた。
「どうして、喰えない婆さんですよ。母子《おやこ》してお鳥目取《あしと》りにかかっているんでさ。」
お増はくやしそうに後で浅井に突っかかったが、浅井は、にやにや笑っていた。
帰りのおそい浅井を待っているお増の耳に、美しい情婦《おんな》の笑い声が聞えたり、猥《みだ》らな目つきをした、白い顔が浮んだりした。
お増は寒い風にふかれながら、婆さんに教えら
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