のであった。
「お前がその姉だったらどうする。」
浅井は笑談を言っていた。
「私なら死んだりなぞしやしませんわ。逐《お》い出してしまいますよ。」
お増はそういって笑っていた。
長いあいだ憶い出しもせずにいたその出来事が、生々《なまなま》しくお増の心に浮んで来た。村で葡萄《ぶどう》を栽培したり、葡萄酒の醸造に腐心したりしていたという、その叔父の様子なども目に見えるようであった。自殺した連合いは、どんな女だったろうと想像されたり、叔父と甥《おい》との体に、同じ血が流れているらしく思われたりした。
お今の姿の匿《かく》されたことに心着いた浅井は、その当座深く問い窮《つ》めもしなかったが、お今の身のうえを、お増の考えで取り決められたことが不安であった。
「出したのなら出したでもいい。どこへやったか、それを聞こうじゃないか。」
浅井は酒気のある時なぞに、憶い出したようにお増を詰《なじ》った。
「私に隠して、仕事をしようというのなら、私も嚮後《こうご》一切お今のことについては、相談を受けんということにしよう。」
浅井は真面目《むき》になってそうも言った。
「いくらお前が隠したって、捜そ
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