が、じりじりと照っていた。
 退屈な日が、幾日も幾日も続いた。じっと部屋に坐っていると、お今は時々|澱《おど》んだ頭脳《あたま》が狂いそうに感ぜられた。

     五十二

「あなたに相談しようかとも思いましたけれど、それでは話が面倒ですから、私お留守のまにお今ちゃんを出してしまいましたよ。」
 旅から帰って来たばかりで、何事も気づかずにいる浅井に、お増はあらたまった調子で言い出した。
 浅井は癒《なお》るとも癒らぬとも片着かぬ叔父の田舎から貰って来た土産などを、やっと鞄から取り出しているところであった。むかし若い時分に、その妻が、自分の実の妹と良人《おっと》とのなかを知って、腹立たしさと恥かしさとに喉《のど》を切って死んだなぞという惨劇のあった、叔父の家のことを、お増もいつか浅井から聞かされて知っていた。
「それはそうなりますよ。」
 姉から、何を言われても、義兄《あに》と切れることの出来なかった妹や、倉へ入って、白小袖を着て、剃刀《かみそり》で自殺したという姉のことを、浅井から聞いたとき、お増はそれを浄瑠璃《じょうるり》か何ぞにあるような、遠い田舎の昔風な物語とのみ聞き流していた
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