》い階下《した》の夫婦が寝静まってからも、お今は時々消した電気をまた捻《ひね》って、机の前に坐ったり、蒸し暑い部屋の板戸をそっとあけて、熱《ほて》った顔を夜風にあてたりした。部屋にはまだ西日の余熱《ほとぼり》が籠っていて、病人のようないらいらしい一ト夜が、寝苦しくてしかたがなかった。怨《うら》めしいような腹立たしいような、やるせない思いに疲れた神経の興奮が、しっとりした暁《あ》け方《がた》の涼気《すずけ》に、やっとすやすや萎《な》やされたのであった。
 お今は静子などを対手に、しばらく遊んでいたが、じきに帰って行った。
「室さんがきっとお前さんのことを訊ねますよ。どう言っておこうかしら。」
 お増はお今の気を引くように、二度も三度も室の噂を持ち出したが、お今はいつも澄ましていた。
「従姉《ねえ》さんも随分勝手ね。」
 お今はそうも言いたげであった。
 お増の方からも、二、三度静子をつれて途中で茶菓子などを買って、そこの二階を訪ねて行った。格子のはまった二階の窓からは、下の水道栓《すいどうせん》に集まって来る近所の人や、その人たちの家の裏門などがあけ透けに見えた。水道端には残暑の熱い夕日
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