しそうに時々飲んでいるだけであった。
「今度二人で、どこかへ行ったらどう?」
 お増は調子づいたように言いかけたが、やはり自分でしくじった。
 夕方に三人はそこを出て、じきに電車で家へ帰った。
「駄目駄目。」
 お増は家へ入ると、着物もぬがずに、べったり坐って、溜息をついた。
「人の気もしらないで、この人はどうしたというんだろ。」

     五十一

 お増がある物堅そうな家を一軒、小林の近所に見つけて、そこへお今を引き移らせてから大分たって、浅井がちょうど田舎から帰って来たのであった。
 そこは小林の妾《めかけ》の身続きにあたる、ある勤め人の年老《としと》った夫婦ものであった。お増から身のまわりの物などを一ト通り分けてもらって、その家の二階に住まうことになったお今は、初めて世帯でも持つときのような不安と興味とを感じながら、ある晩方に、浅井の家を出て行ったのであった。
 お増がそこいらから見つけだして、お今のために取り纏めようとした品物は、大抵お今には不満足であった。お今はお増の鏡台や、櫛笄《くしこうがい》だの襟留《えりどめ》だの、紙入れなどのこまこました持物に心が残った。
「私が新
前へ 次へ
全168ページ中140ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング